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お礼SSS(帝人視点)です






(買っちゃった買っちゃった買っちゃった……ッッ!!)

ぎゅうっと握り締める、銀色のビニール袋。

胸で隠している側には、オレンジ色の虎のマスコットが描かれている。

『同人誌?種類にもよるんだけど、女性向けが多いのはけーぶかなぁ、男性向けならとら、だよねぇ、ゆまっち?』

『えっろい同人誌買うんすかぁ?なら、もっと色々置いてある地下の店とか行っちゃいますか!』

『初心者の帝人くんにしょっぱな”あそこ”はきついっしょ。まずは、とらじゃない?』

いろいろ、余計なことまで教えられそうになったけれど、どうにか逃げ出して。

僕が出てきたのは、狩沢さんと遊馬崎さんに教えてもらった、お店。

同人誌、その存在は池袋に出てくる前からネットの中で知っていた。

本当に目の前で手にとって、買ったのは初めてだけれど。

(すっごい、世界……だよなぁ)

店に入ると、絵、絵、絵、え。

アニメ、漫画、アニメ、ゲーム、漫画。

口を開けて、ぽかーんとしちゃった。

人が多い時間なんて、絶対に入れない。

だから、”これ”を買っているところ、意外と増えてしまった池袋の知っている人に見られたらと思うと。

(恥ずかしすぎる…!!)

決して外から見えない、中身。

絶対に、絶対に、何を買ったか、誰にも知られるわけにはいかない…!

「……お、帝人」

「ッ!」

ドクッと心臓が大きく弾んで、数秒後にバクンッと体も弾む。

どんな騒音の中にあっても、聞き分ける、たった一人の声。

今、一番会いたくない人。

ギギギギ…ッ、首が錆付いたような音を鳴らしながら、そっちに動いていく。

(やっぱり、……)

「しずお、さん」

「珍しいな、こんな時間に。学校はどうした」

機嫌がいいのか、穏やかな視線がサングラス越しにも分かる。

長くて真っ直ぐ伸びている指は標識も自動販売機もゴミ箱も持っていない。

休憩中、なのかもしれない。

いつもなら一緒にいたいなぁって思うけれど。

「し、失礼しますッ!」

「帝人?」

ぺこっと高速でお辞儀をして何か言われる前に脱兎のごとく走り出す。

ビニール袋を抱く腕に力をぎゅっと込めて。

(こんなの買ってるの知られたら、静雄さんに二度と会えない…ッ、恥ずかしすぎて、しぬ!)

ますます力を込めた腕が、ぐっと簡単に掴まれた。

全力で握られたら粉砕骨折しているだろうから、ただ手のひらを当てた程度なんだろう。

長い指、いつも頭をくしゃくしゃと撫でてくれる、大きな手のひら。

誰のものだって、やっぱり、すぐ分かる。

「おい、帝人」

「し、しず、お、さ……」

全力疾走した僕は、息切れ切れにどうにか名前を呼んでいるのに。

目の前にいる超人は、汗ひとつかかずに、サングラスを外すだけ。

「何で逃げるんだよ」

「……ッ」

(こここわわわぃい…!)

この人が僕に人間とは思えない暴力をぶつけてくることはないと知っている。

怖いのは、暴力を抑え込んだけれど、ぼろぼろと漏れている怒りのオーラ。

「っ、」

思わずの恐怖に体から力が抜けて、腕の中にあったシルバーのビニール袋が地面に落ちてしまった。

しかも、…しかも!

店員さんが緩くシールを止めていたせいで、衝撃と共に中身が…!中身があああ!!

「み、みないでください…ッ!!!」

慌ててしゃがんで腕で隠しながらビニールに仕舞うけれど、もう…遅い。

お湯が沸くんじゃないかってぐらい、顔が熱くなっている。

「……帝人、お前、それ……」

「………だ、だって、あの、ぼく、なにも知らないから、」

恥ずかしさを押し殺してどうにか買えたのは、男同士がキスをしたり抱き締めあったりしている本。

静雄さんの恋人になったってことは、こういうことを勿論、するってことで。

僕よりも年上で、しかも格好いい静雄さんに嫌われないためには、少しでも勉強しないといけないかなって思った。

しゃがんで地面を見つめたまま、小声で言い訳すると、頭の上からはぁ、といい声で溜息一つ。

(きもちわるい、とか思われた、かな)

ほんの少しだけ、じわりと目目尻が熱くなる。

目元を擦るよりも速く、重力に逆らうように身体が宙に浮いたと思ったら、次の瞬間感じたのは暖かい暗闇。

頭から聞こえてきた唸り声。

怖いはずなのに、怖くない。

だって、照れているような、感じ……がする。

「あー!くそっ!!可愛すぎんだよッ、お前は!!」

「し、しずお、さん?」

全身で静雄さんに抱き締められている。

いつもの優しい抱擁とは、ちょっと違う。

ぎゅうぎゅうにほっぺたをバーテン服に押し付けられているし、静雄さんの腕がまわっている背中はみしみしいっているような…。

ぼきぼきに変わってきているような…、き、気のせい!

ほんのり痛いのは、可愛いって言われてドキドキしている心臓だ…、と思う。

「そんなの、知る必要ねぇよ」

「で、でも……!」

(嫌われたくない、のに…)

反論しかけた言葉が、ふわりと触れただけのキスに遮られた。

「…んなの、俺が教えてやる」



(同人誌/END)