空気がぴりぴり、すごく張りつめている。

怒りのオーラがすれ違う人たちにも伝わるようで、いつも人で埋め尽くされているサンシャイン通りが嘘のように、すごく広く感じる。

オーラの発生源は、僕の隣にいる人。

きらきら輝く金色の髪、すらりと高い身長、整った綺麗な上に格好いい顔、大きくて暖かい手、長い指。

大好きな所がたくさんある、大好きな人は誤解されがちなんだけれど、本当は基本的には穏やかで優しい人なんだ。

ちょっと、というか、かなり怒りやすいところはあるけれど。

静雄さんの心の中にあるスイッチが押されなければ。

「………」

はぁ、と心の中で小さく溜息。

せっかく昼間に会っているのに。

静雄さんの仕事も僕の学校も早く終わる偶然が重なるなんて滅多にないのに。

(全部、イザヤさんのせいだ)

ばったりとはち合わせてしまった、イザヤさんと静雄さんはいつも通り喧嘩が始まって。

いつも通りイザヤさんが逃げていって、いつも通り静雄さんの機嫌が悪くなる。

(本当にばったりなのかな)

あの怖い人は何もかも見通していそうで、わざと僕らの待ち合わせ場所のいけふくろうの前にいたんじゃないかって。

すごい楽しそうに笑っていたし。

(……イザヤさんの、ばか)

本人には間違っても言えないけれど。

イザヤさんに会わなければ、優しい静雄さんとご飯食べてから買い物していたはずなのに。

「くそ……っ、くそっ、イザヤの野郎…ッ」

ちらりと静雄さんを見上げると、ご飯も買い物も、それどころじゃない感じで。

僕のことすら忘れているかもしれない。

(……なんか、寂しい)

静雄さんがイザヤさんと会って、イザヤさんのことしか考えなくなるのはいつものことだけれど、やっぱり、悲しいし寂しい。

久々に静雄さんと昼間に遊べるのを楽しみにしていたのは、僕だけなのかな。

暗い考えが頭を埋め尽くしていく。

認めたくないけれど、少しだけ、僕はイザヤさんにヤキモチを焼いているかもしれない。

だって、静雄さんの中に今いるのはイザヤさんだけ、なんだ。

(静雄さんも、ばか)

どんどん、横を歩いていたはずの静雄さんよりも遅れていって、意外と綺麗に磨かれている黒い革靴が視線から見切れそうになる。

(僕を置いていっているのにも気付いてくれない……)

足が、自然に止まる。

「……しずお、さん」

きゅっと手のひらを握りしめて、声を振り絞る。

「今日は、……帰ります」

零れた言葉は小さくて、前を歩いている静雄さんには届いていないかもしれない。

静雄さんが立ち止まって、後ろにいる僕の方へ戻ってきてくれる気配もない。

(……もう、いいや)

このまま一緒にいても、寂しい気持ちになるだけだ。

大好きな人と一緒にいて、こんな気持ちになるのは、すごく嫌だ。

今日はついていなかったんだと自分に言い聞かせて、また、会える日を楽しみにしよう。

「それじゃあ、しずおさん……、さようなら、」

視線を上げないまま、小さく頭を下げて、静雄さんに背中を向けた……んだけれど。

「う、ぷ……」

僕が着いたのは池袋の駅じゃなくて、煙草の匂いが染み付いているワイシャツと暖かい腕。

「し、しずお、さん……!」

あわあわしちゃうのは、ここが往来だから。

それから、突然抱き締められたから。

(え、え……っ、え……!)

さっきまで無視されていたはずなのに、どうして抱き締められているんだろう。

吃驚しすぎて、肩を揺らすけれど、静雄さんの腕は緩まない。

きっと、彼からすれば、添えている程度の力だと思うけれど。

「帰るなよ、帝人」

「し、ずおさん、ここ、道端…ッ」

「俺が悪かった。だから、帰るとか言うな」

「も、もう、いいですから……っ、はなして、ください…!」

抱き締めてもらえるのは嬉しいけれど、ここは恥ずかしすぎる。

知っている誰かに見られないとも限らない場所だ。

「帝人が帰らないなら、離す」

「か、帰りませんから……!」

「本当か?」

「は、はい、だから……」

頑固な静雄さんは頷かなければどんなに抵抗しても離してくれない。

こくこくと頷いて、ようやく静雄さんの腕から力が抜けていく。

悪かったと、もう一度謝りながら、力強い腕が体から離れていった。

静雄さんの怒りのオーラも、いつの間にか落ち着いていた。

「せっかく楽しみにしてたのにイザヤの野郎が邪魔しに来たと思ったら、抑えられなかった」

「……楽しみに、してたんですか……?」

「当たり前だろう。昼間に帝人と長くいられる。楽しみに決まっているだろうが」

くしゃくしゃと大きな手が、俺の頭を撫でてくれる。

イザヤさんとの喧嘩の原因よりも、楽しみにしていたという言葉が嬉しい。

楽しみにしていたのは、俺一人だけじゃなかった。

(よかった……)

静雄さんも待っていたんだ、今日を。

我ながら単純だろ思うけれど、静雄さんの一言で考えていたもやもやがほとんど消えていく。

「とりあえず、飯でも食いに行くか」

「はいっ」

サンシャイン通りの裏道に入って伸ばされた腕に迷うことなく、静雄さんよりも細い腕を伸ばした。






(ひとりぼっちのデーと/END)