来週には包帯を外してもいいらしいよ






新羅の言葉を一番に伝えたい帝人はあれから病室に来なくなった。

新羅たちに連れて来るなと言ったのは俺だから、あいつらには聞けねぇ。

(あの日の帝人の様子は、少しおかしかったな……)

帝人は元気かと尋ねると、相変わらずだよと新羅は言う。

(くそ……)

暗闇の生活には慣れたが、さすがに携帯は弄れねぇ。

っていうか、どこにあるのかさえ分からねぇし、何故か誰も教えようとしねぇ。

幽に帝人に電話したいから携帯をくれと言ったが。

『……まだ携帯を使うのは早いんじゃない』

『メールはさすがに打てねぇから、電話だけでもしたいんだよ』

『……病院内では携帯の使用は、禁止』

『分かってるって。外でしてくる』

『………まだ外に出ちゃ駄目』

体はピンピンしてるし、重病人じゃねぇのによ。

(あと一週間、か……長げぇな)

硬いベッドに背中を預けて、一週間後を想う。

包帯が外れたら真っ先に帝人に会いに行く。

小せぇ体をぎゅうぎゅうに抱き締めて、苦しいと言われても何度もキスを繰り返す。

多分そのまましちまうだろうが、大切にゆっくりと労わるようにする。

柔らかいピンク色の肌にたくさん唇で触れたい。

幸せな妄想をかき消す、突然――――――――鋭い気配。

(誰だ)

病院には到底似合わないモノを感じて、ベッドから起き上がる。

集中すれば、それがこの部屋に近付いてきているのを知る。

(くせぇ……)

殺意が溢れる空気が肌に突き刺さる。

「ッ……!」

音も無く入ってきた人間。

腹の中が煮えくりかえるほどのこの匂いの持ち主は一人しかいない。







「―――――――――― しずちゃん」







鼓膜が揺れて言葉を認識したと同時に、体を後ろに倒す。

数秒後に聞こえた音は、壁に突き刺さったナイフが生み出した。

投げたのはイザヤしかいねぇ…ッ…。

「イザヤ……ッ、何しにきやがった…ッ!!」

「へぇ…そんな状態でもナイフは避けられるんだ」

「イザヤッ、てめぇ…ッ!!」

視界が無くてもノミ蟲の禍々しい空気が奴がどこにいるのかを教える。

「くそがあぁ……ッッ!!!」

ベッドを掴み、持ち上げればイザヤが新しいナイフを取り出すのを感じる。

「こんなところで一人でのうのうと寝ている静ちゃんにおしおきをしにきたんだよ」

向かってくる殺意塗れのナイフをベッドで交わし、そのまま野郎に投げつける。

「――――何も知らないなんて、……ころしたいほど暢気だね」

「何わけの分からねぇことを言ってやがる…ッ!」

「……早くその目障りでうざったい包帯をとってみなよ。全部が分かるから」

ベッドを交わしたノミ蟲は、ドアに逃げやがった。

ガタリ、今度は音を鳴らしてドアを開ける。









「――――きっと静ちゃんは死にたくなるだろうね。でも死ねずに苦しむんだ。いい様だよ」










(声が、震えてやがる……?)

クソ蟲のむかつく声が、細く揺れて聞こえる。

自分も気付いているのか誤魔化す様に笑い声をたてると、殺意が部屋から消えていく。

(……何だ、あの野郎)

高校の時に初めて会った時からいつも殺したくなるほどヘラヘラしていやがった。

(なんで、あんなあ声を出しやがった)

ベッドを元の場所に戻して、端に座る。

違和感が胸の中で何かを訴えてくる。

ノミ蟲の言葉を考えるなんて胸クソ悪いが、”何か”が無くならない。

考えれば考えるほど、思い浮かんでくるのは、どうしてだか分からねぇが、最後にここに来た帝人だった。

「…………」

(……外してみるか)

これが無くなれば、全てが分かる。

クソムカつくが、ノミ蟲は言いやがった。

あいつを信じるわけじゃねぇ。

(帝人を真っ直ぐ見てぇんだ)

ノミ蟲が帝人への不安を煽りやがった。

「……よし」

一週間と今ならそんなに違いはねぇはずだ。

医者と新羅に叱られるぐらいだろう。

包帯の結び目を解くと、ぱらりと白い紐が落ちていく。

床と紐がぶつかる音が病室にやけに大きく響く。

久しぶりに目蓋に直に感じる光は、痛いほど眩しい。

隙間から入り込んでくる光を受け止める目蓋を徐々に広げていく。

何度が瞬きを繰り返すと、靄のかかっていた視界が明るくはっきりとなってくる。

(大丈夫、か)

痛みや違和感は特に感じない。

ノミ蟲野郎の言葉はただの脅しか。

あんな屑に揺れ動かされた自分に腹がたつ。

(くそ……ッ)

違う。

あの野郎よりも、帝人だ。

早く、会いにいかねぇと、―――――――頭を動かし、窓ガラスに自分の姿が映る。






「………ッ――――――――――――」






ガラスの中の俺は、俺だが、なんだ、この鳥肌がたつほどの違和感は……。

おかしい。

違う。

何かが、違う。

”俺の”ではないものが、ある。

視線を逸らさずに、一歩ずつ窓ガラスに歩み寄る。

「………」

額がガラスに触れる距離で、足が止まる。

違和感を、初めて知る。








「色が、違う………」









色素の薄いお袋の瞳を遺伝した、琥珀色。

帝人が宝石みたいで綺麗ですねと頬を上気させて褒めてくれた、色が……。

「なんで、右が、黒なんだ……」

宝石だと言ってくれた瞳の色が左だけで、右は、闇の色に変わっていた。

この色を、俺は知っている。

俺がいつも大切に、可愛くて仕方がないと思っていた、闇色。

どうして、それが、ここにあるんだ。







『お前の黒い目の方が俺は好きだ。闇の色は、落ち着く』


『そうですか?』


『綺麗だ』


『ありがと、ございます……』








どうして、帝人の色が、――――――俺の、瞳にある。








――――きっと静ちゃんは死にたくなるだろうね






ノミ蟲の言葉が、警戒音のように頭の中に響き渡った。




(君映す瞳5/6へ続く)