(……夜中か)
闇で過ごす生活にも、慣れてきた。
気配、匂い、雰囲気で時間や人の感情が読めるようになった。
そんなことが出来るようになっても仕方がねぇ。
とにかく一刻も早く、顔を覆う邪魔な包帯を取り外してぇ。
(いつになったらとれるんだ…ッ)
医者や新羅に尋ねても、問いただしても、まだ、後もう少し、それだけだ。
”コレ”があるから、帝人を傷つける。
帝人に会えない。
俺が意識を取り戻した日から、帝人には会っていない。
新羅とセルティが気を利かせて、連れてこないんだろう。
(ちげぇ……、会っていないのは、あの日からだ)
小さくて、可愛い、大切なあの子供を何日見てねぇんだ。
「くそ……ッ」
拳をベッドに叩きつければ、夜の闇にやけに響く。
静かな病棟には小さな甲高い機械音しか、無い。
しずお、さん
「みか、ど……?」
機械音に消されそうなほどの、小さな音。
その音が俺の名前を呼んだ。
「帝人だろう?」
「……うん」
「こんな時間に、どうした」
今が何時かまでははっきりと分からないが、真夜中なのは確かだ。
「新羅と、来たのか」
「………独りで、こっそり、来ました」
「…………、そうか」
新羅がこんな時間に帝人を連れてくるのはおかしい。
そもそも俺の包帯が取れるまでは、二度と連れてこねぇだろう。
あいつがいい加減な奴だが、約束は破らない。
それはあいつがリスクを考える人間だからだ。
(やっぱり黙ってきやがったか……)
新羅の家を抜け出してきた帝人を叱る気なんてさらさらねぇ。
俺が来させないように言ったはずなのに、嬉しくてたまらなくなる。
「……なぁ、帝人」
「しずお、さん」
「早くお前を見て、抱きしめて、キスしてぇな」
言葉が自然に溢れる。
ベッドから背中を離して、帝人がいるだろう方へ腕を伸ばす。
帝人は恥ずかしがりながら、ちょっと怒った口調で、でも、この腕の中に来てくれる―――――。
「しずお、さん、……しずおさん、」
「どうした、帝人」
温かくて柔らかい小さな体の重みは一向に腕に感じない。
(泣いている……?)
俺の名前を必死に呼ぶ声が可哀想なぐらい不安定になっている。
あの時までの、蜂蜜のように甘い、声じゃない。
「泣いているのか」
「う、ううん、泣いてない、です。だいじょ、ぶ、ごめんなさい、」
「嘘だ、泣いているだろう」
(声が、震えてやがる)
帝人を自分から抱き締める為に、ベッドから立ち上がる。
「辛い事でもあったのか」
「………」
「帝人」
何度腕を伸ばしても、小さな体は掴まらない。
腕が宙を切るたびにムカついてくる。
帝人にじゃねぇ、―――――ー甲斐無い自分にだ。
帝人は確かにいるのに、どうして腕の中に包み込めねぇ。
「帝人、俺に教えてくれ。何があった」
「……もう、いかなきゃ」
行くという言葉に違和感を感じる。
帝人は帰る、ではなく、行く、と言う。
(言葉だけじゃねぇ……帝人がおかしい…!)
―――――――突然病室に来た、帝人。
―――――――腕の中にも入ってこない、帝人。
―――――――泣くような声で俺を呼ぶ、帝人。
「帝人…!ここに来い、頼む……ッ」
今、帝人を抱き締めねぇと嫌な予感がするのは、何でだ。
わかんねぇ……ッ!!
(情けないが帝人に頭を下げてでも、腕の中に収めねぇと…ッ)
「帝人、来い…ッ!!」
「おやすみなさい、………さようなら、しずおさん」
「帝人――――…ッ!!!!」
締め切った病室にふわり、と生温い風が吹く。
その後に、柔らかい温もりが、唇に触れる。
(―――――帝人の、唇だ)
同時に、帝人の気配が消える。
「帝人………?」
だいすき
カタン、とドアが揺れる音よりも、はっきりとその言葉は耳に聞こえた。
確かに、帝人の声だった。
(君映す瞳4/5へ続く)