しずお、さん



まただ



誰かが、俺を呼んでいる。


今度こそ、逃がさない。






「帝人」

びくりと、小さな気配が揺れる。

俺にばれない様に、帝人は病室にそっと入り、そっと出て行こうとしていたらしい。

前に俺の名前を呼んでいた声も、恐らくこいつだったんだろう。

あの時はまだ朦朧としていたが、もう意識をほぼ通常に保てるようになった。

「帝人、」

もう一度ゆっくりと呼ぶと、掠れた声がうん、と呟く。

「いつからいた?」

「………」

無言の返事に、そうとう前から帝人がいたらしい。

(どうして帝人が入ってきたのを気付かなかった)

包帯を何重にも巻かれている目以外は、ほぼ治っていると自分の体だから分かる。

人の気配にも怪我をする前と同じぐらい敏感になっているはずだ、……なのに。

(どうしてこいつを独りぼっちにさせやがった……ッ)

恐らく真っ白い箱をしているだろう病室で、目覚めない俺を見ている帝人の気持ちを考える。

新羅やセルティに意識を取り戻したと聞いていたとしても、不安だっただろう。

あの日から新羅の家でどれだけを恐怖を小さな体の中に押し込めていたのか。

独りで来させた新羅とセルティを責めそうになる心を否定する。

(あいつらが悪いんじゃねぇ…っ、俺が、っ、)

大切な誰かを傍に置いたら、必ずこういう日が来ると思っていた。

誰かを傷つける不安と同時に、俺が傷ついて誰かを悲しませる不安が常に心にある。

今回のことで帝人をたくさん不安にさせて、たくさん傷つけた。







それでも、離せない。







(帝人は、離せねぇんだ……ッ)

今の俺に出来るのは、帝人の小さな体の中にある大きな心を少しでも安心させること。

「悪かった」

「しずお、さ……、」

「怪我は、してねぇか」

「……だいじょ、ぶ、です」

「怖かったな。……本当に、悪い」

「………っ」

震える声に俺がどれだけ帝人を怖い目に合わせちまったのか思い知らされる。

きっとでっけぇ黒い目に涙を潤ませて、俺を見つめている。

こんな包帯取り外して、唇で指先で涙を拭って、顔中にキスをしてぇ。

小さな体を全身でぎゅうぎゅう抱き締めて、俺が生きていて大丈夫なことを伝えたい。

全てが出来ないのが、もどかしい。

(今は、仕方がねぇんだ)

無理やり包帯をとったりしたら、帝人を余計に悲しませる。

帝人にしたいことは全部、この邪魔な包帯が無くなってからだ。

「帝人……」

ようやく慣れた暗闇の中で光を探すように、腕を伸ばす。

光は勿論帝人だ。

「………帝人?」

応えてくれると思っていた温もりが、一向に伝わってこない。

「静雄さん」

「ん?」

「体は大丈夫?………目は、痛く、ない?」

「ああ。体は怪我してねぇし、目は今はこんなんだけどよ、あと少し経てば取れるらしい」

「………よかった、」

「帝人?」

帝人の気配を間近に感じると、ふわり、と額に柔らかな風が吹いた。






『静雄……っ!!』





声無き、声に揺さぶられる。


「おう、セルティか」

『まだ完治していないんだ!起き上がるな!!』

細い女の手に取られると、やや強い力で手のひらに文字が連なっていく。

「大丈夫だ。あとはこいつがとれるのを待つだけだからな」

「そういうわけにはいかないよ。幾ら静雄が無敵だからって一応は意識不明の重体だったんだから」

「新羅……てめぇ……」

大体感じられる、新羅の居る場所に手探りで見つけた枕を投げつける。

「うわあ…っ!」

ゴスッと壁にめり込む音が聞こえて、新羅に当たらなかったのに舌打ちをする。

『静雄!本当に無理をするな』

「分かってるよ。そういえば、帝人に会ったか?今ここを出てったばかりなんだが」

『……え』

「お前らを責める気はねぇが、どうして帝人を独りでここに来させた」

『……帝人、が?』

「こんな姿の俺が寝ていたらあいつを苦しめる。……なるべくここには来させねぇようにしてくれ」

会いたい。

会って話はしてぇけど、あいつはとんでもなく優しい奴だからまた苦しめちまう。

この包帯がとれるまでは、なるべく会わねぇようにしたほうがいい。

『しず……』

「分かったよ。……帝人くんに、伝えておくね」

セルティの文字が途中で途切れる。

新羅の声が、いつもと違うのは気のせいか。






(君映す瞳3/4へ続く)