誰かが、俺の名前を呼んでいる。
意識が持ち上がると、目蓋は自然に開こうとする。
「っ……!」
途端に襲う、痛み。
痛みには慣れているが、焼け付きそうなこれは……。
(思い出した、俺は……)
『静雄……!無理するな!!』
「……セルティ、か」
一番最初に感じたかった気配とは違っていて、心が一瞬沈む。
「……俺は、どうした」
真っ暗な視界の中で体を起こそうとすると、細い手が俺の手の甲に触れる。
俺が起き上がるのをセルティが支える。
「……悪いな」
この手が帝人の柔らかく、小さな、可愛いあの手じゃないことに早く帝人に会いたくなる。
『いいから……。お前はずっと眠っていたんだ』
手のひらに、ゆっくりと文字が書かれていく。
闇の中で手を持ち上げると、指先に布、恐らく包帯か、ぶつかる。
視界が闇で覆われているのは、頭に包帯を巻いているから、か。
「ああ、全部思い出した」
知らねぇ野郎に酸の入った風船をぶつけられたことを。
突然の襲撃の上、帝人と一緒にいて気が抜けていた。
怒りが体の奥底から湧き上がってくる。
(くそ……っ、くそっ、くそ…がっ)
『静雄!』
「………ッ」
居場所のない怒りを拳にこめると、宥める様にセルティの手がのってくる。
『抑えろ、静雄……』
「………ああ」
あの野郎を殺すのは、後だ。
(……帝人)
その前に帝人が無事でいるのを確認したい。
(そうだ、帝人……)
ちゃんと守れたはずだ、帝人の小さな体には酸の一滴もかかっていないはず。
(…なのに、何だ……このざわつき、は)
ここに帝人がいないからか、不安と呼んでいいものが、胸に広がっていく。
腕の中に納まる小さな体を抱き締めて、体中に触れて、怪我一つ無いのを確認しない限り落ち着かない。
「帝人は、どうしている」
『……』
「セルティ?」
セルティの指が俺の手のひらの中で止まる。
(何だ)
言葉を詰まらせたセルティの雰囲気が硬くなったのを感じる。
「おい、セルティ……」
「帝人君は、元気だよ」
セルティに向かって伸ばしたはずの手が、硬い男のものに捕まる。
「新羅」
「やぁ、おはよう、静雄。目が覚めて何よりだよ。でもセルティに触ろうとするのは見逃せないなぁ」
「お前のくだらねぇ話はどうでもいい。帝人は」
「お待たせ、セルティ」
新羅の手を振り払うと、セルティの気配が遠ざかる。
「僕の家にいるよ」
「お前の、家?」
「うん。君が怪我をしてだいぶショックを受けていたようだからね」
新羅が俺が糞野郎に酸をかけられてからの出来事を話す。
泣きじゃくる帝人から電話があって、俺は病院に担ぎ込まれ緊急でオペをしたらしい。
帝人になるべく暴力的なところを見せたくなかった。
あの大きな黒い瞳に余計な物を見せちまった。
「しばらく、僕の家で預かるから」
「おう」
新羅の家なら不本意だが、安心は安心だ。
あそこは確かオートロックで、他人は易々と入れねぇはず。
「帝人は怪我一つしてねぇか」
「………うん」
ただ、それだけが気掛かりだった。
帝人が怪我をしてなければ、それでいい。
医者の新羅が言うなら間違いはずだ。
(……つれてきてくれ、とは言えねぇな)
「帝人を、よろしく頼む」
「君は気にせずにゆっくりと治療するといいよ。ここは僕の知り合いの病院だから」
「………ああ」
(とっとと治して、帝人を迎えにいかねぇとな)
俺の中には、帝人で埋め尽くされる。
俺は、見えなかった、感じられなかった。
セルティが指を震わせて、新羅の手を握っているのを。
(君映す瞳2/3へ続く)