学校帰りの帝人を迎えに行って、帰り道他愛のない話をするのが俺の些細な幸せだ。

「もうすぐ夏休みなんです。静雄さん、花火一緒に観に行きませんか?」

「花火?」

自分には関係のない単語に繰り返すと、帝人が黒い目を大きくしてきらきら輝かせる。

「はい!東京のは大きくて綺麗だって正臣が言っていたから行きたいなあって」

あんまり人がうじゃうじゃいる場所は苦手だが、期待しまくっている帝人に駄目とは言えねぇ。

「……ああ、いいぜ」

「やった!」

嬉しそうに帝人がにこにこ笑う。

帝人と一緒に歩いていると、全身から警戒心が解かれる。

特に今歩いているような、ほとんど人が通らない道だとそうだ。

柔らかくて優しい雰囲気を持っている帝人に、俺のピリピリした空気を当てたくない。

(……誰が、後をつけてきていやがるな)

殺意を持って近付いて来る気配に気付いていても、注意はしていたが帝人だけを見つめていた。










「平和島静雄……!!これでどうだ……っ!!!!」











声の方に視線を向けると、知らねぇ野郎が立っていた。

見たことがねぇなと思った瞬間には、何かが飛んできていた。

突然投げつけられた水風船。

(いや、ただの水風船じゃねぇ……)

心の中で危険を察知するようなアラームが鳴る。

とにかく帝人を傷つけない。

「帝人…!」

「しずお、さん…っ」

小さな体をさっと背中に隠す。

「っ…」

青い色の水風船は、持ち上げた腕に当たって、ぱあんと大きく音をたてて割れる。

中に入っている水が腕、顔を濡らす。

普通の水なら、冷てぇ、で終わるはずだった。

「つぅ………!!!」

(なんだ……!?)

久しぶりに感じる痛みは、腕が火で炙られたようにじりじりする。

見るとシャツが水がかかった部分だけ破れて、皮膚が爛れている。

「く……!」

視界が急に揺らぐと、目蓋が持ち上げられねぇほど瞳に激しい痛みを感じる。

眼球をナイフで抉られるような痛み。

(酸、か……っ)

水風船に入っていたのは水ではなく、酸。

油断していた。

いつもなら投げてくる前に、ボコボコにしている。

(ちっ……!)

「しずお、さ……?」

「………」

帝人が、俺を呼ぶ。

「しずおさん…っ、しずおさんっ、大丈夫ですか……っ!!?」

泣きそうな声で、帝人が何度も何度も俺の体を揺する。

(くそ…)

あの糞野郎はまだどこかにいるはずだ。

切れそうになる神経で、どうにか感じる。

帝人を早くここからどこかにやんねぇと、こいつまで巻き込んじまう。

「だい、じょ……だ、お前は、」

抱き締めて、大丈夫だから心配するなと額にキスをして逃がしてやりたいが、目が見えねぇ。

暗闇の中で帝人の体らしき柔らかい部分を力を抜いて押す。

「はやく、どっか行け……、帝人…っ」

「嫌です!いま、救急車を……ぁっ!」

”何か”が近付いて来るのが、分かる。

(何だ……)

見えないことがこんなに不便だと、初めて知った。

全身が訴えてくる、何かが来ていると。

でも、分からねぇ…!!!









「しずおさん……!!!!!」









悲鳴のように俺の名前を呼ぶ帝人の声と、強い衝撃を感じたのは、ほぼ一瞬だった。














(君映す瞳1/2へ続く)