ラブソファに肩を寄せ合って並べて座っている。

これはいつもの光景、だ。

にこにこ池袋一、いや日本一、いやいや世界一、次は宇宙か?

とにかく可愛く笑って帝人が可愛い声でしずおさんしずおさんと名前を呼ぶ。

俺は聞いてない振りをしながら、きいてますか、しずおさん?と帝人に小さな頭をこくりと傾げさせる。

何度も言うが、この部屋では、いつものことで、今日もそうなると思っていた。







「……帝人、菓子でも食うか」

「………いりません」

「プリンも、あるぞ」

「いいです」

部屋に響く、低い声。

明らかに、怒っている、いや、機嫌が悪い。

首を可愛く捻るどころか、視線すら合わせてもらえない。

「帝人、どうした」

「………別に、元気です」

帝人が可愛い可愛い帝人じゃなければこの時点でテーブルでぶん殴っている。

(どこが元気だ)

すぐに俯く表情は、機嫌が悪いというよりも、凹んでいるようにも見える。

帝人は基本的に穏やかな顔をしているから、滅多にこういう顔はしない。

何かあったのは明らかに分かる。

意外と頑固物の小さなこいつは聞いても、素直には言わないだろう。

(何か、あったか…?)

待ち合わせして、俺んちに来て……その間おかしなことは何もなかった、はずだ。

(……いや、あったな)

待ち合わせはサンシャインのハンズの前だった。

帝人は、待ち合わせの約束の時間から10分ほど経ってから来た。

遅れてくるのも滅多に無い上、連絡をしてこなかった。

頭を深々と下げて何度も謝っていたが、礼儀正しい帝人には今思えばありえないことだ。

(まぁ、とりあえず、そっとしておくか)

追求したいとこだが、帝人を傷つけたりしちまったら意味が無い。

どんなに可愛くても帝人も男だ、一人で考えたい事もあるんだろう。

俺が原因だったとしても、もう少し時間を置いて、聞いてみるか。

「よっ、と」

「しずお、さん?」

「とりあえずプリン、持ってくるな。幽が知り合いからもらったやつで美味いらしいぜ」

食べ物で釣る気はねぇが、少しでも気分が上向きになればいい。

帝人に背中を向けると、消えそうなほど小さな声で、どうして、と聞こえる。

「帝人?」

床にめり込んでいきそうな程、帝人の顔が低く、低く、なっている。

「……どうして、」

「何が、どうしてだ、帝人」

膝をついて、小さな頭を腕にゆるりと抱える。

「静雄さんはどうして僕には怒らないんですか……ッ!!」

「……はぁ?」

「遅刻しても無視しても態度が悪くても…ぜんぜん怒らないじゃないですかッ」

ガバッと勢いよく上がった顔と一緒にぶつけられたのは、帝人にしては珍しい大声に近い音。

どんなに大きくても帝人の声は可愛いから腹はたたねぇが……。

言葉の意味が、おかしい。

(何で、怒らない……、だと)

「怒ってほしいのか、お前」

「だ、だって、だって……ッ!」

(帝人はMなのか…?)

可愛がって可愛がっていたのが、不満なのか。

「怒ってほしいんなら怒るがよ……」

帝人のことを殴ったりは出来ないから、言葉で叱ることしかできねぇ。

俺は言葉で、というのがどうにも苦手だ。

(帝人に泣かれちまったりしたら……)

帝人にどうやって怒ればいいか分からねぇ。

「ち、ちがうん、です……ッ」

「帝人……?」

「ご、ごめんなさ……ッ、へんなこと、言って……ッ!」

腕の中で小さな体がもっと

「謝らなくていいから、何で怒ってほしい、なんて言いはじめたのか、言え」

白い米神に唇を押し当てると、こくり、とゆっくりと頷く。

「よし、いい子だ」

ぽん、ぽん、と撫でる程度の力で背中を叩く。

それから、顔が見えるように少しだけ距離を開ける。

「い、いざや、さんが……」

「……イザヤが、何だって」

帝人の可愛い声が発した、名前。

殺しても殺しても何度殺しても、殺し足りないノミ蟲野郎。

(また、あのノミ蟲かあああ……ッッ)

俺と帝人が付き合い出してから、何度あのノミ蟲が帝人に手を出してきたか……ッ!!

(殺す殺す殺す……ッッ)

心の中はノミ蟲への殺意で溢れているが、帝人の前だと自分に必死に言い聞かせて笑顔を張り付かせる。

「……帝人」

「あ、あの、……静雄さんが僕に怒らないのは、興味がないから、だって」

「………」

(殺す)

「臨也さんのことを追いかけ回して殺したがっているのは、気になって仕方がないから……って、言ってて、それで、」

「……分かった、もういい」

(絶対殺す)

「ご、ごめん、なさい」

怒ってほしいと言うくせに、生まれたての兎みてぇに、見たことはないが、小さくなって震えている。

こんな奴にどうやって怒れって言うんだ。

「……帝人、」

自動販売機よりも遥かに軽い体をふわりと持ち上げて、膝の上に下ろす。

「は、はい」

「あのな、俺がお前に怒らねぇのは、お前に惚れてるからだ」

「しずお、さん……」

帝人が小さな頭でめいいっぱい考えていたことに対して、答えを出してやる。

大きな黒目が真ん丸になって、俺だけを映す。

こいつに格好つけても仕方がねぇ。

「俺は怒りがおさえられねぇ、情けないがな。それはお前も知っているだろう?」

こくり、と小さな頭が、小さく揺れる。

「でも、お前と一緒にいると抑えられる。帝人が、特別だからだ。……分かるな」

「……はいっ」

細い腕が遠慮がちに俺の背中にまわる。

「頼むから、あのウジ蟲のクソみてぇな言葉に踊らされるな」

「ごめんなさい……気をつけてはいるんです、けど……」

しょんぼりとしている帝人の肩から背中までをゆっくりと撫でてやる。





(どうやって俺の可愛い帝人に手を出すあの邪魔なノミ蟲を殺してやろうか)





(どうして/END)