卒業式の最中に突然溢れてきた涙は、周りにいたクラスメートや正臣、園原さんも驚かせてしまった。

「竜ヶ峰ー、そんなに卒業するのが寂しいのかよー」

「大丈夫だって、またみんなで集まって遊ぼうぜ!」

首に腕を回せれたり、頭を小さく小突かれたり、髪の毛をわしゃわしゃ撫でられたり。

自分たちも微かに涙目になっているのに、僕を励ましてくれる。

クラスの女の子達は竜ヶ峰君ってクールなイメージだったのにね、と少しだけ湿っぽいハンカチを貸してくれた。

みんなは僕が卒業を悲しんで泣いていると思っているようで、ちょっと申し訳ない。

でも、心配してもらえるのは、うれしい。

池袋に来なければ、正直ほんの瞬間だけ、思ったことがある。

それは静雄さんにさようならを言われて、傍にいられなくなるんだと思った、あの日。

こんなに好きになってしまって、忘れられなくて。

池袋に来なければ、こんな想いをすることもなかった。

人を想って、涙が出ないほど苦しくなるなんて、なかった。

――――――――――、だけど。

(………馬鹿だな、ぼく)

ここにいなかったら出来なかった友達、知人、それから親友。

さっきも池袋を歩きながら実感していたけれど、改めてたくさん得たものがあるんだと思う。

――――――――池袋にいたから。

「帝人ー!いつまでも泣いてないでサイモンとこ行くぞ〜」

「な、泣いてないよっ」

呼ばれた視線の先には、泣き真似の仕草をしている正臣と、その隣でくすくす笑っている園原さんが、校門の手前で僕を待っている。

クラスメイトにばいばいと手を振って、校門に走っていく足が、勝手に、少しずつ、ゆっくりになっていく。

(う、うそ………)

手の中から卒業証書が入った銅色の筒がころんと落ちる。









静雄さんが、いる。










見開く瞳に映るのは、幻……、蜃気楼……?

―――――――――信じられない、嘘だ。

綺麗なスーツ、綺麗な皮靴。

でも、静雄さんだ。

「………っ!」

(どうして、……どう、して、)

どうして、ここにいるんだろう。

信じられない。

手がよろよろと上がっていく。

ほっぺをきゅうっと捻る為に。

ひりひりする感覚、夢、じゃない。

静雄さんは、本物だ。

僕に会いに来てくれた、とほんの一瞬心の中が喜びで溢れる。

すぐに真実に行き着いて、絶望に変わる。

(さようならを、この日に言いにきた……?)

静雄さんは僕に、本当の別れを告げにきたんだ。

それしか、静雄さんが僕に会いに来る理由がない。

馬鹿だ、一瞬でも浮かれた、自分は、本当に、馬鹿だ。

「……っ!!」

思わず、足がぴたりとその場で止まる。

「帝人?」

「竜ヶ峰くん……?」

校門の手前で呆然と立ち尽くす僕に正臣と園原さんが近付いてこようと一歩を踏み出す。

それよりも早く、静雄さんが長いスライドを使って僕に近付いてくる。

二人はいつの間にか、そこにいた静雄さんにとても驚いている。

正臣達だけではなく、校門の周りにいる人達もざわつき出す。

静雄さんは卒業生というよりも、”池袋最強の男”として池袋ではとても有名人だ。

その静雄さんが卒業式にスーツを着て現れれば、何事かと思うだろう。

「…………」

静雄さんは周囲の雰囲気に気を配ることなく、ただ真っ直ぐと僕だけを見つめている。

(しずお、さん……)

真剣な眼差しに、心の中がきゅうっと搾られる感じに襲われる。

例え今、さようならを言われても、―――――、もう、いい。

(………やっぱり、ずっと、すき、)

「帝人」

「……しずお、さ…」

僕の目の前に、静雄さんがいる。

見上げると、静雄さんは、何も言わずに、突然地面に片膝を付いた。

―――――それは、まるで、幼い頃に読んだことのある、絵本の中の王子様のように。

「………っ、」

何が起きているのか、頭の中が上手く理解してくれない。

静雄さんが片膝をついて、僕の顔をじっと見上げる。











「帝人。―――――――俺と、結婚してくれ」











(未来へと続く道7/8へと続く)