夏が終わると思ったのは、つい最近だったのに。
紅葉が散ったら、受験で。
初雪が降ったら。合格発表で。
(さむ・・・)
未練がましく静雄さんから去年の誕生日にもらったクリーム色のふわふわマフラーを首にぐるぐるに巻いて、顔を埋めながら歩き慣れた道を行く。
空を見上げれば、冬独特の色が広がっている。
今年は独りで季節を感じる間もなく過ごしていたんだと改めて思う。
静雄さんに、もう何ヶ月会っていないか分からない。
最近は電話も、メールすら、来ない。
静雄さんから距離をとるようになって、姿を見かけたのは一度だけ。
お仕事の先輩のトムさんは時々見かけるけれど、静雄さんは隣にいなかった。
せめて遠くから見つめるだけ、それも叶わないなんて虚すぎて笑ってしまう。
僕と別れるために池袋からいなくなってしまったのだろうか、と仮定を何度も思うけれど、そんなことを静雄さんがする必要はないのに。
(もうすぐ、僕がここからいなくなるんだ・・・)
三年生は既に自由登校に入っていて、僕も含めて推薦で大学に合格をした生徒は、ほとんど学校に来ることはない。
用事がない限り、出来るだけ外出はしないようにしていた。
池袋に未練を残したくないから。
街に出て、知り合った大切な人達に会って、刺激的な思いをすればせっかく形になった決心が泡のように消えてしまいそうで、怖いんだ。
優しいあの人のためにせっかく決めたのに。
・・・そう言いながら結局は静雄さんに直接言葉を貰うのが怖くて、会わないまま消えようとしている。
(僕は、いつまで経っても臆病者、だ)
今日学校に来たのは、合格した大学から合格証が届いたと担任から連絡があったからだった。
一二年は普通に授業があるから、ついこの間まで僕がいた場所と変わらない。
静雄さんと初めて出会った、一年生。
気持ちが通じ合って、ただ真っ直ぐに静雄さんが好きだった、二年生。
静雄さんと離れることなんて、考えてもいなかった。
未来を想わずに、今この時間に一緒にいられればそれでよかった。
「失礼しました」
未だに不満顔をしながら一応おめでとうと言葉にした担任から合格証を受け取って、僕はすぐに職員室を後にした。
きっと、卒業式まで来ることはないだろう。
「・・・・・」
両手の中に合格証を見ながら、昇降口から外に出る。
(うれしく、ない)
来良学園の合格証を手にした時は、すごく、すごく、嬉しかったのに。
達筆な印刷を見ても、ああとうとう決まってしまったと後悔、のような気持ちが溢れてきて、慌ててその気持ちに鍵をかける。
(引っ越しの準備、しないと)
校舎を背中にして歩きながらぼんやりと今後のことを考える。
大学は実家から通うことになっている。
両親は大喜びで、早く帰ってこいと電話の度に言われた。
また、あの毎日同じ色をした街へ戻っていくんだ。
同じ日常を繰り返して、大人になっていくのかな。
静雄さんへの気持ちを抱えたまま。
「・・・・・」
終わりの見えない考えのせいで、僕は視線すら定まっていなかった。
だから、気付かなかったんだ。
強い力を腕に感じるまで。
「っ、」
顔を上げると、視線の先にいたのは。
「し、ずおさ・・・?」
名前を口にしただけ、僕の視界の中にいるだけなのに、体の奥からぶわっと熱いものがこみ上げてくる。
必死にドアを閉めて鍵をかけて、そうしないと泣いてしまう。
みっともなく力強い腕に縋ってしまう。
だから、会いたくなかった。
でも、会いたかった。
何を話そうか、とにかく言葉を出さないと、乾いた唇を動かそうとして、固まる。
(しず、おさん)
「・・・・・」
何ヶ月振りかに見る、綺麗な横顔。
でも、すごく、とても。
(おこって、いる・・・)
肌が痛いぐらい、ぴりぴりした雰囲気。
この静雄さんは、臨也さんと対している時の、静雄さんだ。
どんなに機嫌が悪くても、静雄さんは極力優しく僕に接しようとしてくれていた。
知らない、僕だけに怒りを向けてくる姿を。
(なんで、怒ってるんだろう・・・?)
答えを考えて、ああ、と思う。
別れを告げようとしているのに逃げ回っていたから、だ。
静雄さんは無言で僕の腕を引くと、そのまま歩き出す。
「っ、」
僕と静雄さんだと足の長さが勿論違うから歩幅も合わない。
いつもなら、静雄さんは僕の腕を引きながら、手を繋ぎながら、後ろを何度も振り返ってくれて優しい視線で大丈夫かと尋ねてくれる、のに。
(いた、い)
力は抜いていても静雄さんの腕の力は強くて、手首が痛い。
(こんなに強く握らなくても、逃げないのに)
前を歩く広い背中を盗み見るようにして、思う。
ああ、これが最後通告なんだ、と。
恐れていた時がとうとう来てしまったんだ。
(未来へと続く道4/5へと続く)