三年に進級して、この先の道を考えないといけない時、真っ先に考えたのは、池袋に残ること。
家族は戻ってきてほしいと言うけれど、僕にはその気はなかった。
池袋で暮らしの中で出来た、友達や知っている人達、それから、大切な人。
静雄さんと一緒にいたい。
ずっと、一緒にいたい。
その想いは傍にいることを許された時から変わらない。
むしろ、もっと強くなっているかもしれない。
だから担任から渡された第一次進路希望調査の用紙には、すぐに今のアパートから通える大学を記入した。
池袋にあるその大学は、都内でも有数の大学だけど、勉強を頑張っていたおかげで、偏差値的には無理ではない。
鞄に用紙を入れて、弾む気持ちも一緒に抱えて家に帰る。
正臣や園原さんは妙に機嫌がいいなと不思議がっていたけれど。
(静雄さんに見せたら、何て言われる、かな)
僕から静雄さんに示す、一緒にいる未来。
静雄さんも時々僕をぎゅっと抱きしめて、小さく掠れた声で言ってくれる。
『……ずっとこのままがいいな』
そう言われると嬉しすぎて、僕はただ頷くことしか出来なかったけれど、ちゃんと静雄さんに形を示せる。
静雄さんの言葉を信じれば、静雄さんも同じ気持ちで、僕の選ぼうとしている道を喜んでくれる、受け止めてくれるはずだ。
長い腕でぎゅっと抱き締められて、柔らかい唇にキスをしてもらえる。
大きな手のひらが背中からだんだんと降りていって・・・。
(僕の馬鹿……!な、なに、考えて……っ)
友達の背中の後ろで思う内容ではなくて、慌てて頭の中をかき消す。
「帝人?どした」
「竜ヶ峰、くん……?」
一人でわたわた手を動かしていた僕を立ち止まっていた正臣と園原さんが訝しげに見ている。
「え、あ、っ!」
気付くとそこは二人と分かれる道で、こんなところまで歩いていたなんて知らなかった。
顔の温度が急激に上昇して、頬はきっと真っ赤になっていると思う。
「ったくー、まだ春は早いぞぉ、帝人!オレたちには頭を湧かせる前に、頭を使う最大の試練が待っているんだからなっ」
正臣の意外と長い指でこつりと額を叩かれても、痛くはなかった。
僕はそれほど浮かれていたんだ。
―――――――――――――大好きな静雄さんと一緒に歩く未来を簡単に想像して。
「じゃあなー帝人!」
「さようなら、竜ヶ峰くん」
遠ざかって行く正臣と園原さんを見送って、僕も家に向かって歩き出した。
(帰ったら早速受験勉強始めないと……今から少しずつやっていこう)
赤本、参考書は既に購入済みだ。
受験は苦しいはずなのに、静雄さんと一緒にいる未来のためなら苦しみなんて感じないから、不思議だ。
頑張ろうと純粋に思える。
(……あれ?)
アパートまでの近道に使っている細い路地入ると、視線の先にある曲がり角からひらりと白い裾が揺れているのが映った。
池袋には変わっている人がたくさんいるけれど、白衣を着ている人は一人しか知らない。
(新羅、さん……?)
後ろ姿だけですぐに分かった。
内容は聞こえないけれど、誰かと随分熱心に話しこんでいる様子だ。
いつもは柔らかい口調な人なのに、響いてくる声には棘が含まれているように感じる。
(誰と話しているんだろう……)
お仕事の話だったら盗み聞きをしたり、声をかけてしまっては申し訳ない。
こっそりと覗き見ると、新羅さんの前に立っていたのは、――――――――――静雄さんだった。
僕の秘かにお気に入りの金色が、風に揺れて、踊っているように見えるのがとても綺麗に見える。
きらきら輝く金色を持っているのは、池袋ではやっぱり一人だけ。
(静雄、さん、だ)
二人は同級生だから会えば話をするのは当然で、驚くことではない。
……ないのだけれど、新羅さんと向かい会っている静雄さんの表情が、堅い。
眉間に皺を小さく寄せて、瞳はサングラスで隠してしまっているけれどきっと光を薄くしているはず。
静雄さんがああいう顔をする時は、苦しんでいる、とても。
話に割って入れるような、雰囲気ではない。
(何か、あったのかな……)
聞いてはいけないと、分かっている。
いけないことだと凄く分かっているけれど、気持ちは抑えきれない。
だって、一昨日静雄さんに会ったけれど、静雄さんはあんな顔を一瞬もしていなかった。
大切な人に何かあったのなら、知りたい。
(……ごめんなさい)
心の中で小さく謝ってから、二人に見つからない程度に距離を少しだけ詰める。
「……いい加減はっきりしないといけないと思うよ。僕は常識人ではないけれど、それぐらいは分かる」
「…………」
「というより、若者の未来の芽が摘まれてしまうのを黙っては見ていられないんだ」
(いったい、どういう話なんだろう……?)
問い詰めるような新羅さんの言葉に対して、静雄さんは分かっていると答えただけ。
「君が竜ヶ峰君にはっきりとしないといけないよ、静雄」
(……え……、)
突然出てきた自分の名前に、指先からバッグを落としそうになって慌てて拾う。
(ぼく……?)
僕の名前が出てきたということは、静雄さんと新羅さんは僕の話をしている……?
当事者の僕を除いて。
(いったい、何なんだろう……)
もっと意識を集中させると、新羅さんの言葉が一文字、一文字、はっきりと伝わってくる。
「僕達は大人なんだ。彼は未来ある、若者。分かるね?」
はぁ、と静雄さんの小さな溜息。
「分かっていると言ってるだろうが。お前に言われなくても……このまま帝人と付き合っていていいとは思わない」
時間が、一瞬止まった。
体の音も、周りの音も一切遮断する。
(しずお、さ……、いま……)
今、静雄さんは何と言ったのだろう。
頭の中で繰り返そうとしても、上手く動いてくれない。
新羅さんがほっとしたように何かを言っているけれど、もうどうでもよかった。
確かなことは、一つだけ。
静雄さんは僕と別れたいと思っている。
(未来へと続く道2/3へと続く)