自分でも驚いた。


指を噛まれたのに、全くむかつかねぇ。


むしろ、噛んでしまったのを後悔するようにタオルに顔を埋めて、小さな体をぶるぶる震えているこいつのほうが可哀想だと思う。


「兄貴、大丈夫?」


「ああ。こんなの痛くもねぇよ」


「この子、病気とかは持ってないよね」


「ああ」


動物病院で医者は感染症予防の注射とか全部きちんとされているのに捨てられてるなんてと不思議がっていた。


「……大丈夫、だ」


もう一度、ゆっくりと指を伸ばす。


(たしか、名前は……)


「みかど、大丈夫だ。怖くねぇ。俺はお前を傷つけねぇから」


猫に言葉が通じるとは思わねぇが、タオルから小さな顔が上がる。


俺の指先との距離が縮まっていく。


熱い息を吐いていた小さな小さな口がぱかりと開くけど、見えたのは小せぇなりに立派な鋭い歯ではなくて、淡い赤の小さくて短い舌。


まるでさっき噛んだ場所を労るように何度も何度も指先を舐める。


小さな顔を擦り付けるように必死な様子で。


「……っ 」


指に触れる舌、柔らかい黒毛、短い髭、全部くすぐったい。


生まれて初めて感じる感覚だった。


「可愛い、ね」


幽の思わずの呟きはその通りで、俺は頷きながら、みかど、ともう一度名前を呼んだ。




(つづく)