(……さむい)


へくちゅ。


くしゃみの音が路地裏に響くけれど、何も誰も答えてくれない。


小さな雨で濡れ始めているタオルに体を擦り付けるけれど、暖かく、ない。


(どうして…ごしゅじん、さま)


細いけれど、見た目よりうんと熱を持っている腕にだっこされるだけで、幸せだった。


くすぐったいけれど、顔をくっつけてじゃれるように触れてもらえるのも、嬉しかった。


僕と同じ黒いさらさらの髪も、優しい低い声も、きれいで長い指先も、大好きだった。


帝人、ごしゅじんさまがつけてくれた僕だけの名前を呼んでくれると、喉がゴロゴロ鳴った。


嬉しくて、楽しくて、しあわせ、だったのに。


『もう君に飽きたよ、バイバイ』


さよならの言葉を言ったんだって、知らなかった。


『小さくてか弱くて、オレがうんと甘やかした君がどこまで生きれるかな』


タオルが敷かれた段ボールの中に入れられて、この路地裏に運ばれた。


『じゃあ、頑張ってね。帝人』


ちゅうは大好きな触れ合い。


最後なんて、思わなかった。


ごしゅじんさまは手のひらで僕の頭を撫でていなくなってしまった。


お日様が現れて、消えて、また、現れて。


僕はようやく気付いたんだ。


ああ、捨てられたんだぁ。


時々遊んでいた野良猫の正臣が、人間は信用するな、すぐに裏切るんだと言っていたのを思い出す。


でも、裏切られたとは思わない。


ただ、悲しい。


ごしゅじんさまにとって、僕はいらなくなっちゃったことが。


(なん、か……だめ、あたまが……)


小さな箱庭の中で立ち上がる力も、無くなっている。


視界が定まらなくなって、頭が痛くて、耳が冷たくて冷たくて。


(……ぼく、しんじゃう、)


尻尾を体に巻き付けて眠る癖はごしゅじんさまが可愛いと褒めてくれたから。


頑張って可愛くするから、もう一度迎えにきて。


(……ごしゅじん、…さ、ま……)


重たい目蓋をゆっくりと下ろしていく隙間に、金色の光が見えた、ような気がした。



(つづく)