まだミサカが世界に生まれて、あの人に出会ったばかりだったころ。
黄泉川はミサカにたくさんの絵本を買ってくれた。
シンデレラ、白雪姫、三匹のこぶた、ソファに寝転がりながら読んだ童話は、必ずお姫様が王子様に出会って、幸せになった。
でも、ミサカはいつも不思議に思っていたんだ。
幸せの先には、ハッピーエンドの先には、何があるの?
「ママァ!パパがおねむりしちゃってるのって、ひかりはひかりはこまっちゃったの」
足にしがみついて来る柔らかな重みに、洗い物をしていた手を止めて、エプロンで水滴を拭う。
低い視線に合わせると、あのひとにそっくりな顔が嬉しそうに笑う。
ほどけかけていた苺がついているゴムを結び直してあげて、小さな頭を撫でる。
「ヒカリはどうして困っちゃってるのかな」
「パパにごほんをよんでもらいたかったのってひかりはひかりはしょんぼりなの……」
細い腕にはミサカが生まれたばかりのころに黄泉川に買ってもらった、絵本がある。
ひらがなで”ねむりのもりのびじょ”と書かれた絵本は、ひかりのお気に入り。
ひかりはあの人に絵本を読んでもらうのが、とても好き。
低い涼やかな声が好きみたい。
最初は嫌そうにしていたあの人も、ひかりには逆らえないしきつく言えないし、っていうか甘いのをミサカはミサカは知っている。
ひかりを膝の上に乗せたり、足の間に座らせて、絵本を読んであげているの。
「じゃあ、パパのこと起こしちゃおうか?」
「いいのってひかりはひかりはきいてみるの」
「その絵本のお姫様みたいにひかりが起こしてあげて」
「パパがおねむりしているおひめさまってひかりはひかりはわかったの」
内緒話のように小さな小さな耳元で言えば、ひかりはうんっと大きく頷く。
(かわいい、なぁってミサカはミサカはぎゅうっとほわほわする体を抱きしめちゃおう)
「ま、まま?」
「ん、ごめんね。いこっか」
「はぁいってひかりはひかりはげんきにおへんじするの」
小さな体を離して、代わりにぷくぷくして柔らかい手のひらを握る。
リビングに入ればひかりの言うとおり、ソファであのひとが横になっていた。
音をたてないようにゆっくりとソファに近付いても、あのひとは綺麗な顔のまま眠っている。
気配に敏いひとなのに、ミサカとひかりは特別みたい。
「まま、ぱぱにちゅうしていいのってひかりはひかりはきいてみるの」
「うん、こっちのほっぺたにひかりはしてあげて。ママはこっちのほっぺたにちゅうするね」
ソファの下にひかりと並んで座って、目を見合わせてせーのであのひとのほっぺに唇を押し当てる。
二人分の唇がくっつくと、あのひとの睫が揺れて目蓋が少しずつ開いていく。
「作戦成功だねってひかりはひかりはやったあなの!」
「ン……、寝ちまった…、ア?てめェら、何してんだよ」
寝起きの口調でまだ意識がぼんやりしているはずなのに、伸びてきた大きな手はミサカとひかりに触れる。
ひかりは笑い声をあげながら、あのひとに抱きつく。
「パパ!ごほんよんでってひかりはひかりはおねがいするのっ」
「ァア?めんどくせぇなァ……」
頭を掻きながら、でも片手でひかりの小さな体を抱きとめる。
(……いいなぁってミサカはミサカはちょっとひかりが羨ましかったり…)
「なァにぼおっとしてやがる。……オラ」
空いた手のひらが、ミサカに向かって伸ばされる。
「ミサカも、いいの…?ってミサカはミサカは、」
「とっととしろ」
「うんっ!!」
ひかりみたいに飛びつくように抱きつけないからゆっくりとあの人の腕の中に入る。
初めて抱き締めてもらった時より大人になった腕がミサカの体も自分の方へ抱き寄せてくれた。
物語の幸せな終わりの先には、もっと大きな幸せがあるんだって、ミサカはミサカは知ったんだよ。
しあわせになるものがたり