ヨミカワのマンションで夜ご飯を作るのは、ミサカの担当。
お仕事で疲れて帰ってくるヨミカワとあの人のために美味しいって喜んでもらいたい。
初めて教えてもらった料理は炊飯器を使ったものばかりだったけれど。
大きくなったミサカは炊飯器を使わなくても煮込みハンバーグが作れるようになった。
あの人がある日突然買ってきてくれたピンク色のエプロンをつけて、今日はお味噌汁と肉じゃがを作ろうと思う。
あの人はああいう外見だけど、実は和食が好きなんだよって、ミサカはミサカは心の中で誰かに自慢しながら、あの人を想う。
想えば、想うほど、あの人と一緒にいたい、よ。
でも、ヨミカワやヨシカワは駄目だって言う。
「…………」
(どうしよう、ってミサカは、ミサカは、答えが見つからない)
ミサカはどうすればいいって尋ねても、答えてくれる声が無い。
ちっちゃかったころは、みんながミサカの相談にのってくれたけれど、ミサカはもうシスターズの上位個体じゃない。
ミサカが大きくなって、カエルの先生がミサカとシスターズの切り離しをしようって言い出した。
ミサカネットワークの解体をする技術を見つけたからって。
あの人の電極もミサカネットワークからではなくて、新しく開発したシステムからチョーカーに送電出来るようになった。
シスターズとは時々会うし、ミサカワーストは遊んでくれたりご飯を食べに行ったりしてくれるけれど、みんな、ミサカから離れていった。
それなのに、あの人だけは、今でもミサカの傍にいてくれる。
ミサカネットワークはないから、一緒にいなくても大丈夫なのに。
『ずっと一緒にいたいよ』
あの時のミサカのお願いを守ってくれている。
大きくなっても、ミサカのお願いはずっと同じ。
(……ただ、あの人の傍にいたいの、)
「オイ」
「ひゃう!!」
ぴょこんと立つ一本毛に息と言葉が吹きかけられて、変な声を出して飛び上がる。
恐る恐る後ろを見ると、あの人がいつの間にかミサカの隣にいた。
「鍋、噴いてンぞ」
「あわわってミサカは慌てたり!!」
「ったく。なァにをぼォっとしてやがるンだよ、てめェは」
蓋はカタカタ揺れていて溢れそうになっていた。
ボタンを押せばゆっくりと蓋が踊るのを止める。
「お、おかえりなさいっ、アクセラレーター!ってミサカはミサカは笑ってあなたをお迎えしたり」
「その割にはずいぶンとぼーっとしてやがったよォだけどな」
こつり、と小さなチョップは痛くないけれど、考え込んでいたのを見られたのは、恥ずかしいかも。
「あ、あなたが気配を消して家に入ってくるのがずるいってミサカはミサカはほっぺたを膨らませて反論したり!」
「はァ?気配なんて消してねェよ。いつも通りフツーに入ってきたってのに、誰かさんはキッチンでぼォっとしてやがる」
からかうように言うと、今度はこつん、こつん、と二回チョップ。
でもね、言葉でミサカは分かる。
きっと心配してくれたの。
いつもならおかえりなさいって出迎えるミサカが来なかったから。
玄関に靴があるのにミサカの声が聞こえなかったから。
何かあったんじゃないかって、やさしい、やさしい、この人は心配してくれたんだよ。
振り向いた瞬間に聞こえた“カチリ”は、チョーカーのスイッチをオンにしていたから。
ミサカがまた闇に囚われないように、いつも守ってくれる。
見上げれば、宝石のように綺麗な瞳でミサカを見つめ返してくれる。
「ごめんなさいってミサカはミサカは小さくあなたに謝ってみる」
チッと舌打ちは、あなたが怒ってるんじゃなくて、照れているから。
ミサカから視線を離すのも、そう。
「芳川がお前の学校行ったンだろ」
「知ってたの?ってミサカはミサカは大きく目を見開いて驚いてみる!」
「…芳川がラボに来なかったからな。黄泉川も行きたいって騒いでいやがったしな」
「ふふ、ってミサカはミサカは簡単に想像できて小さく笑っちゃったり」
ヨミカワが行きたいジャン!って言うと、ヨシカワが仕事でしょと窘めている光景が頭の中に浮かぶ。
やっぱりヨミカワはお父さんで、ヨシカワはお母さん。
「ンで、なンかあったのかよ」
「え……って、ミサカは、ミサカは、また吃驚。どうして?」
「てめェがしゃべらねェなンて明日は雨と雪が一緒にふンだろォが」
「……」
「ラストオーダー」
「………」
こういう時だけ名前を呼ぶのは、ずるいよ。
いつもはミサカが名前を呼んでとお願いしても、ガキとかてめェとかお前ばっかりなのに。
「……あの、ね。先生と、ヨシカワに、これからのことを考えなさいって言われたの」
この人のことで悩んでいるのに、相談してもいいのかな。
「もうすぐ、中学校卒業するでしょ。……高校に行きなさいって、言われたの」
「………」
「……高校に行ったら、寮に入らなきゃならないんだって。でもね、…ミサカは、ミサカは離れたくないの」
なんて言ってくれる……?
一緒にいていいって言ってほしいの、ってミサカはミサカは願いながらあなたを見つめるの。
ヨミカワやヨシカワともだけど、あなたと、離れたくない。
一緒にいたいの。
離れたくないの。
ミサカはもうちっちゃくないけれど、おおきくなっちゃったけれど。
この想いと願いは変わらないの。
「………あなたは、どう思う?」
「芳川や黄泉川は高校に行けってンだろ」
「う、うん、ってミサカは頷くけれど、でもねっ、ミサカはミサカは、高校には行かないで、ヨシカワのラボで働きたいの。」
「……あなたと、一緒に、いたいのってミサカはミサカは自分の本当の気持ちを正直に打ち明けてみる」
少しだけ、紅い瞳が揺れたのは、ミサカの気のせい……?
沈黙が、ミサカは苦しい。
「……アイツらは気にくわねェがてめェのことを考えている奴らだ」
「う、うん……」
「高校に行け」
「え……って、ミサカは、ミサカはちゃんと、聞こえなかった、の」
聞こえたけれど、聞きたくなかった。
(高校に行け、って言ったの……?)
だって、ミサカはあなたの傍にいたいってお願いしたんだよ。
高校に行って、寮に入ったら、一緒に暮らせなくなっちゃうんだよ。
「あなたも、そうした方がいいと、思うの……?」
「そォだな」
止めてくれると、ミサカは思ったの。
傍にいろって、あなたに言ってほしかったの。
だって、あなたは一緒にいたいよって小さい時にミサカが言ったら、俺もだって言ってくれたのに。
(大きくなったら、やっぱり、だめなのかな)
FUTURE CANDY